2018年4月12日

翻訳ジョーク考№9(ニューヨーク)

 今回は「翻訳ジョーク考」の第九回目です。

 この記事のコンセプト及びジョークの選び方は第一回をご参照ください。

(第一回の記事はこちら。)

 

 使う本は、Fred Metcalf氏編The Penguin dictionary of Jokes(UK版)です。

 今日の記事は208ページ16番目のジョークに決まりました。

 カテゴリーは「ニューヨーク(New York)」で、試訳は以下の通りです。

 

ニューヨーク:3

 

エンパイアステートビルから人がたびたび落ちるんですか?

いやあ、たった一度っきりですよ。

 

New York : 3

 

Do people fall off the Empire State Building often?

No, just the once.

(The Penguin dictionary of jokes, wisecracks, quips and quotes, compiled by Fred Metcalf, Penguin, 2009,p.208.)

 

 今回はニューヨークはマンハッタンにある観光名所、エンパイアステートビルからの身投げする人が多いことをネタにしたブラック・ジョークです。


 一人目が「たびたび(often)」と言って転落者の頻度を問うているのに対し、二人目が「たった一度っきり(just the once)」と言って転落する回数を答えたところのずれにジョークとしてひねりを利かせているのでしょう。

 インターネット版OEDで「often」と引くと、「頻繁に(frequently)」と「何度も(many times)」と二つ意味が出てきますから、このニュアンスの違いを引っ掛けたのだという解釈で訳しました。

(インターネット版OED参照元はこちら。)

 

 ところで、例によってコトバンクで「エンパイアステートビル」を調べてみると、いくつか解説が掲載されています。

 その中からここでは『世界大百科事典 第二版』(平凡社)の解説を紹介しますが、設計者や建築物としての歴史について詳しい記述になっています。

(『世界大百科事典 第二版』コトバンク参照元はこちら。)

 

ニューヨークのマンハッタン地区にある超高層建築。スカイスクレーパー(摩天楼)の代表的作例。デュポン家4代目の一人,ピエールの注文でシュリーブ・ラム・ハーマン建築事務所が設計。好景気に沸く1920年代に計画されたが,建設開始は大恐慌直後の30年で,翌年竣工。第2期超高層建設時代の最後の作品となった。当初はテナントもなく,がら空きの状態が続いたが,現在は約1万のテナントが入り,約2万5000人を収容。102階,381mの世界最高の建物として約40年間王座を保ってきたが,今日ではシアーズ・タワー(シカゴ),世界貿易センター(ニューヨーク)についで世界第3位。


 残念ながらどの解説にも今回のジョークの肝となる情報は含まれておりませんでしたので、もう少し範囲を広げてAFP通信日本語版でエンパイアステートビルからの転落についてを調べてみると、二つの記事が出てきました。


 一つ目の記事は、2010年4月1日付で「エンパイアステートビルから男性が転落死」とあり、21歳の男性が86階のオープンスペースとなっている展望デッキから転落して死亡したとの内容でした。

 そこには「男性の身元や転落の原因は明らかにされていない。同ビルでは1931年の竣工以来、30人以上が飛び降り自殺している」と書かれています。

(2010年4月1日付の記事に関するAFPBB参照元はこちら。)


 二つ目の記事はさらにショッキングな内容です。2007年11月3日付で「NYマンハッタンが「自殺の名所化」?」というタイトルで、観光客が「最後の旅行先」としてマンハッタンの著名な建造物を訪れることがあるという報告が紹介されています。以下にその一部を引用します。

(2007年11月3日付の記事に関するAFPBB参照元はこちら。) 

 

 1990年から2004年にかけてマンハッタンでは、同地区外の居住者274人が自殺したが、その半数以上がホテルを含む高層商業ビルや橋からの転落によるものだった。

 

 これまで睡眠薬などの大量服用、首つり、銃による自殺が一般的とされてきたが、報告書はその一方で、歴史的建造物を死に場所に選ぶ自殺志望者が多いと指摘する。

 

 ここで二つの記事に出てくる数字に齟齬がないかをきちんと調べることはできませんので、数字の多寡をどう考えるかについては保留にしておきます。

 

 ただ、「自殺の名所」であるという報道がメディアで拡散されることによってさらにそうした行動パターンをより固定化する恐れもあるため、こういう情報はあまり喧伝すべき事柄ではないのかもしれません。

 しかしその一方で、引用した記事が調査報告に基づいているように、「自殺の名所」という触れ込みが希死念慮を抱く人を引き寄せる可能性が少なからずあるとしたらそれはなぜなのかをきちんと検証することは、今後の予防措置を講ずる上でぜひとも必要になるのも事実です。


 この記事を書きながら、富士山麓の青木ヶ原で自殺を試みるアメリカ人男性に焦点を当てたガス・ヴァン・サント監督の『追憶の森』(2015)を思い出しました。

 そこでは「死ぬのに完璧な場所(the perfect place to die)」というインターネット上の触れ込みに引き寄せられて、主人公が青木ヶ原を訪れます。

(Movie Walker『追憶の森』映画情報はこちら。)


 エンパイアステートビルから転落する人のジョークはブラックなユーモアとは言えなかなか奥が深くって、「たった一度っきり」の人生をどう生きるかという笑えない問いに結びついていくようです。

 『異邦人』で有名なアルベール・カミュの短編集にまさに『転落』という題名のものがありますが、私は10代後半から20代前半にかけてカミュを耽読した時期があったため、「転落」という言葉の響きには今でもドキドキさせられます。

(『転落』出版社サイトはこちら。)

 

 ただまあ、これ以上の深入りはできませんので、また次回お会いしましょう。

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