2018年4月2日

翻訳ジョーク考№6(歌のタイトル)

 今回は「翻訳ジョーク考」の第六回目です。

 この記事のコンセプト及びジョークの選び方は第一回をご参照ください。

(第一回の記事はこちら。)

 

 使う本は、Fred Mecalf氏編The Penguin Dictionary of Jokes(UK版)です。

 今日の記事は269ページ11番目のジョークに決まりました。

 

 ところで最初にひと言申し添えておくと、今回のフレーズはアメリカ文化史に関連した深刻な内容を孕んでおり、私はこの分野について門外漢なので専門的なことが言えずにたいへん恐縮なのですが、社会問題や差別意識に対するシニカルな表現を取り上げることになります。

 しかしながらこの記事は、ジョークの表現が含み持つ歴史的な意味を調べようとするものであって、ある特定の思想や考え方を読者のみなさんに押しつけようとする意図はまったくないことを予めお断りしておきます。

 

 カテゴリーは「歌のタイトル(Song Titles)」で、試訳は以下の通りです。


歌のタイトル:11


「あの子はただの赤インディアンの娘、でもそれがどういうことかきちんとわかっていたのさ」


Song Titles : 11

 

'She Was Only a Red Indian's Daughter, but She Certainly Knew How.'

(The Penguin dictionary of jokes, wisecracks, quips and quotes, compiled by Fred Metcalf, Penguin, 2009, p.269.) 

 

 謎解きをする前に言葉の説明から入っていきますが、「赤いインディアン(Red Indian)」というのは言うまでもなく今日では差別的な含意を持つ表現として使うべきではない用語です。しかしここでは、「アメリカのインディアン(American Indian)」や「先住アメリカ人(Native American)」などの言い方と訳し分けるために敢えて直訳しました。

 インターネット版OEDには「American Indianの古風な用語」とあります。

(インターネット版OED参照元はこちら。)

 

 カテゴリーが「歌のタイトル」というだけあって、今回のフレーズには元ネタがあります。

 ただこれ以下の内容については、「アームチェア人類学者」よろしくインターネット上で収集できる情報のみで構成しており、重大な事実誤認が含まれている恐れがあることをご了承ください。

 

 まずは元ネタとなった歌のタイトルですが、これはおそらくBobby GregoryがMGMレコードから1947年に発売した「She’s Only A Moonshiner's Daughter」であると思われます。小気味良いカントリーソングで、まさにタイトルのままですが、これ自体がもっと古い歌のカバーかどうかはわかりません。

 この歌は日本のAmazonで試聴できますので、ぜひ聞いてみてください。

(「She’s Only A Moonshiner's Daughter」のAmazonサイトはこちら。)

 

 さらに歌のサビの部分が今回のフレーズと重なり合っておりますので、それも引用しておきます。読み比べてみてください。

 

 'She’s Only a Moonshiner's Daughter, but I Love Her Still.'

 

「あの子はただの密造酒売りの娘、でもやっぱり彼女を愛してる」

 

 「密造酒業者(moonshiner)」の用語から1920年から33年まで続いた禁酒法時代を想定した歌なのでしょうが、親の仕事のせいで誰も彼女を「ただの娘(only a daughter)」にしてくれないところに社会的排除の雰囲気が濃厚に漂ってきます。

 このように誰の娘かという事実によって彼女が被っているマイナスのイメージを続く「but」以下の部分でプラスに転化するところに、かなりシニカルな響きになりますがユーモアがありひねりが効いています。

 

 試訳の話に戻ると、彼女は「赤いインディアンの娘」で、この言い方にはすでに差別的な意味が含まれているのですが、逆説を経て「でもそれがどういうことかきちんとわかっていたのさ」と言ってやることによって、事実そのものは払拭できないとしてもそれを受け止めかつプラスに転化しようとしたフレーズになるという仕組みなのでしょう。

 しかしながら、「それがどういうことかきちんとわかっている」ことの重みと苦しみは想像を絶するものですので、それはきっと「赤いインディアンの娘」でなければ到底理解できようはずのないものなのかもしれません。

 

 ジョークというより呪わしさをかなりドライな表現で風刺的に伝えているようにも見えますが、もしかしたらここまで諦め切ったところで、救いのないことに救いを見出すややニヒルなおかしみが生じてくる可能性もあるのでしょうか。

 極限のユーモアということで私は『フォークナー短編集』(瀧口直太郎訳、新潮文庫)を想起しました。以下の二編はどちらも1931年初出の作品ですが、まさしく「赤いインディアン」をテーマにした「赤い葉」よりもむしろ、黒人リンチ事件をテーマした「乾燥の九月」の方が今回のフレーズの哀愁に近い気がします。

(『フォークナー短編集』出版社サイトはこちら。)

 

 今回の記事は、疎かにできないことがあまりにも多過ぎて長くなっておりますが、『ペンギンジョーク辞典』に同型のフレーズがもう一つだけ掲載されているので、最後にそれを紹介して終わりにします。試訳は以下の通りです。

 

歌のタイトル:10

 

「あの子はただの書記官の娘、でも区の測量技師にさせてやったのさ」

 

Song Titles : 10

 

'She Was Only the Town Clerk's Daughter, but She Let the Borough Surveyor.'

(The Penguin dictionary of jokes, wisecracks, quips and quotes, compiled by Fred Metcalf, Penguin, 2009, p.269.)

 

 ここに出てくる「borough」というのは、「ニューヨーク市にある五つの区」、すなわちマンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタテンアイランドそれぞれのことだそうなので、そうするとこの話はニューヨークを舞台にした「書記官の娘」と「区の測量技師」の恋物語なのでしょうか?

 上記してきた二つの例を参照するならば、ここにはきっと「書記官」と「測量技師」の社会的格差が念頭にあって、これもやはり前者が帯びているマイナスのイメージにひねりを加えてプラスに転化させていると考えるべきでしょう。

 もしそうだとするならば、このフレーズの話者は明らかに後者の側に近い社会階層に属していることになります。

 

 彼女が実際にどんな娘で測量技師にいったい何をさせてやったのか、具体的なことは言外にしか書かれておりませんが、おそらくこれらの文言からみなさんが想像した通りのことを伝えようとしているのではないでしょうか。可能であればそれが語感として滲み出るような訳が理想的ですね。

 いずれにせよ、これはこれで非常に含蓄のあるフレーズになっていますので、今回のものと合わせて参考までに訳してみました。

 

 今回はちょっと長めに軽くない話に終始してしまいましたが、次回またお会いしましょう。

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