2016年12月20日

「天使的な、あまりに天使的な」№6

 映画の記事がなかなか増えずにいるのですが、今回もクリスマスとはまったく関係なく、前回に引き続き旅行ネタになります。

 個人的にはちょっとキャラ崩壊が心配な内容になるのですが、この企画のもともとの趣旨についてはこのシリーズの第一回をご覧ください。

 

* * *

 

 先日、ブリュッセルに行く機上でこんな風に声をかけていただきました。

 

「いま淹れたばっかりで熱いのでお気をつけください」

 

 これは、真っ暗な機内でみなさんが寝静まっているなか、人の迷惑も顧みず思いっ切り読書灯を点けて、学会発表に使う英文を本当にひたすら読み直しているときに、コーヒーを持ってきてくれた日本人のCAさんからいただいたひと言です。

 

 これを聞いて私は、『絶叫委員会』の穂村弘さんの表現を拝借すれば「ぽわわーん」となりました。

 共感してもらえると本当に嬉しいのですが…え?なんでかわからない?

 

 

 このフレーズの前に、実はちょっとしたやり取りがありました。

 消灯前の食事の際にぜんぜん大したことのないトラブルがあったのですが、消灯後も私は起きていましたので、それについての簡単な説明をするためにそのCAさんに話しかけられました。

 

 私は英文を読んで疲れていたのでコーヒーが飲みたくなって、会話の終わり際に、

「今飲み物をお願いできますか?」

と聞いたら、

「ええ、もちろん!」

というお返事でした。

 

 ほら、「ぽわわーん」となりませんか?…まだならない?難しいな。

 

 

 まず、「いま淹れたばっかりで」というのはたいへんに心のこもった気遣いの表われですよね。言わなくてもなくてもいいことをわざわざ言っているわけですから。

 しかも「今淹れたばかりで」ではなく「いま淹れたばっかりで」という、このほんのちょっとぞんざいな感じがさらに心をこめているように聞こえるのは私だけでしょうか。

 

 ちなみに帰りも同じ航空会社だったのですが、お客さんにコーヒーを渡すときの基本フレーズは「お熱いのでお気をつけください」であったと記憶しています。

 

 帰りはかなり混んでいたので状況が同じであるとはとても言えません。

 もちろん問題のない決まり文句だと思いますが、当然のことながらそれだからこそ私にグッと来るものはなにもありません。

 

 

 もしかしたらあのCAさんも、意識的にはマニュアル通りなのかもしれない。

 あるいは私が疲れ切っていて発音が聞き取りにくかったとか、文脈的に願望込みでフィルターをかけているとか、そういう可能性も否定できません。

 ただ、経験として「ほんのちょっとぞんざいな感じ」に聞こえたのは事実ですし、そのようなフレーズに思わず心惹かれた自分がいることに気づいたのも事実です。

 

 

 こういうときの自己分析はまったく当てになりませんが、単なる「ギャップ萌え」というよりは、職務に要求される丁寧さを超えたところで思わず発せられてしまっている言葉そのものの無防備さの方にキュンと来ているような気がします。

 実際には、本当にただ言葉に無防備なだけの方なのか、クレームを恐れて無暗にマニュアル通りにしゃべるよりも自分の言葉で接客したいという確固たる信念をお持ちの方なのかはわかりません。

 

 しかしながら少なくとも私個人にとって、最初の「ええ、もちろん!」から「いま淹れたばっかりで…」までの流れは、次回もまたぜひ利用したいと思う強い動機づけになりました。

 

 

 そんな接客は気に食わないという人も当然いるのでしょうがそれはやっぱり人それぞれですので、マニュアル通りであれば安全でも絶対にときめきはありませんよね。

 

 最初のうちは教育的配慮の上でこうしたことを実践しているのかなとさえ思って周りの言語の状況をいろいろと観察したのですが、帰りの機上でも確認できませんでしたので、やはりあの活き活きとしたフレーズの出どころは個人的な資質によるのだろうという結論に達しました。

 

* * *

 

 さらに蛇足でほんの少し付け足しますと、学会発表でもそうなのですが、原稿を自分の言葉にするためには、ただ字面を追っているところから自分の顔や口の筋肉の動きに合わせた言いやすい口調になるまで調整する必要があります。

 

 

 こうしたことは発表に限らずかなり多くの事柄に当てはまると思いますが、それによって同じ人物の同じパフォーマンスでも、その時その場のノリで客受けがぜんぜん違うということが実際にあるからおもしろいのかなと思います。

 

 かのCAさんの場合でもやはり一期一会の接客における言葉の鮮度が重要になるとしたら、学会のような舞台と同様かもしかしたらそれ以上の水物感で、たった一度きりの接点によって印象が大きく左右されてしまうのかもしれません。

 

 ただ、この状況下で「ほんのちょっとぞんざいな感じ」で話すのにはそれなりの度胸が必要とされそうですけどね。

 

* * *

 

 このシリーズも六回目にしてやっと、いかにも天使らしいフレーズが紹介できたような気がしますが、いかがでしょう?

 

 一応客観的な言葉の分析をしようとしているのですが、個人的な感受性についての言い訳めいた記述になっていないことを祈るばかりです。

0 件のコメント: