2015年8月16日

報告№1:第一回ホラー映画鑑賞会

 

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 もう二週間以上が経過してしまいましたが、去る7月31日に、私が所属している宗教と文化の研究所で第一回ホラー映画鑑賞会を実施いたしました。(今のところ第二回開催の目処はまだ立っておりませんが。)

 

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 私はプレゼンターとして、作品の選定と一部鑑賞後の”説明”めいたものを少しだけさせていただきました。取り上げた作品は、ミヒャエル・ハネケ監督の『ファニー・ゲーム』(1997)です。このブログのプロフィールを見ていただくとわかるのですが、この作品は、ホラー研究をしている私にとって最適なホラー入門であるという位置づけです。

 

 

 そして、こんなことを言うと誤解を招きそうですが、私は「ホラーを楽しむ感性」というものが確かに存在すると思っています。

 例えば、ソムリエが「ワインを楽しむ感性」を体得した人だとして、その味わいを最大限に楽しめる人だとイメージしてみます。もちろんワインにはいろいろな味があって、「おいしい」の極と「まずい」の極の間の振幅には無限に広がるグラデーションがあるはずですから、いま目の前にあるワインが「どうおいしいのか」、「なぜおいしいのか」をお客さんにわかるように”説明”できる人こそがいいソムリエなのではないか、と私は勝手に認識しております。

 同じ年に同じ生産者が同じ蔵に貯蔵したワインでさえも、保管した位置や開けたときの室温や開けてからの時間など、実際に口に運ぶ現場で生じるありとあらゆる要素によって味は刻一刻と変化していくわけですから、そうした時間に追われて変化する味の楽しみ方を、たまたまそこでそのワインを注文したど素人のお客さんに伝えることができたらソムリエ冥利に尽きるのではないか、と私は勝手に想像しております。

 つまりホラー研究者として一流の「ホラー・ソムリエ」になること、これこそが私の生涯の目標になっているわけです。

 

 

 ところで、ホラーには「ジャンル・ホラー」と「リアル・ホラー」の二種類があるというのが私の持論です。(いろいろな人がいろいろなところで似たようなことを言っているかと思いますが、ここでは割愛します。)

 「怖いもの見たさで楽しい」のが前者で「本当に嫌な感じがする」のが後者だというのがとりあえずの区別だとしてください。そして、『ファニー・ゲーム』という作品に強く引きつけられるかどうかは、「リアル・ホラー」を好んで見るようなホラー愛好家になるかどうかを判定するのにぴったりの試金石となるのではないかというのが、現時点での私の見解なのです。ただ、もちろんどちらかの要素しかない作品というのは実際にはありえませんので、あくまで紹介するときの目安として考えています。

 

 言わば、『ファニー・ゲーム』のような作品を見て、本当に「ファニーな(おもしろい)」だけだなと笑ったり、こんな「ディスガスティングな(むかむかする)」のはもうたくさんとあきれたりする人は、その後「リアル・ホラー」の愛好家にはならないだろうという予測がつくということです。これはいわゆる「ジャンル・ホラー」でない他のどんな作品でも代替可能なのですが、私は「ジャンル・ホラー」ではない「リアル・ホラー」作品の典型として、「オススメのホラー映画は何ですか」と聞かれたときには必ずこれを推薦しています。

 この作品を見たことのある方は、この映画が、もちろん偽悪的にですが、すっかり「ファニーな」外見に覆われていることを覚えていますでしょうか。また、それについては、まったく「ディスガスティングな」印象しか持たなかったという方もいるかもしれません。 

 

 

 しかし、この映画がなぜこのような「ファニーな」外見をまとわなければならなかったのか、なぜこのような「ディスガスティングな」印象を意図的に喚起しようとするのかを考えてみると、それが実はたいへんに恐ろしい現実に根差していることがわかるような仕掛けになっていると思います。

 ハネケ作品についてはこれからも言及する機会が多々あると思うので詳しい解説をここでは省略します。ただ、この監督には「感情の氷河期」と呼ばれる実話に基づいた初期三部作というのがあって、その中の一つである『ベニーズ・ビデオ』(1993)で描かれた現実の事件が『ファニ・ゲーム』の内容と表裏になっているのではないかというのが私の意見です。

 ここではネタバレしないようにできるだけ慎重に書いているのですが、「本当に嫌な感じがする」極上のホラーをフルボディで味わいたい人には、できれば合わせて見て欲しい作品だなと思っています。

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